2026年6月24日(水)18:30開演
アマノ芸術創造センター名古屋(名古屋市芸術創造センター)
振付 : アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、ラドワン・ムリジガ
共同創作・出演 : ボシュチャン・アントニッチ、ナシーム・バダグ、ラヴ・クルンチェヴィッチ、ホセ・パウロ・ドス・サントス
音楽 : アントニオ・ヴィヴァルディ《四季》
録音 : アマンディーヌ・ベイエ、リ・インコーニティAlpha Classics/Outhere Music(2015)
音楽分析 : アマンディーヌ・ベイエ
詩 : アスマー・ジャマ「We, the salvage」、アントニオ・ヴィヴァルディ「Le quattro stagioni」
ローザスの作品を言葉にすることに、私はいつも少し難しさを感じる。音楽についての知識が十分ではないからだろうか。今回も、面白かったという感覚ははっきり残っているのに、終演直後にはうまく言葉がまとまらなかった。
だからこれは、作品を読み解くための批評というより、今日、舞台を見ながら私の中に残ったいくつかの像についてのメモである。
床に描かれた線
まず気になったのは、舞台の床に描かれた曲線だった。それを見ながら、私はオイリュトミーで音楽が身体の軌跡として可視化される様子を思い出した。同時に、惑星が描く軌道のようにも見えた。
そしてもうひとつ思い出したのが、能の「形付」である。
形付には能の型や舞台上の動線が記される。床面に描かれた線も、これから身体が辿る軌道を示す設計図、あるいはすでに通り過ぎた身体の痕跡のように私には見えた。四人の男性ダンサーたちは、その空間を歩き、走り、旋回していく。
それぞれ異なるダンスの出自をもつ身体であることも面白かった。地を這うような動きから起き上がってくる身体がある一方、四人が姿勢よく同じ動きをすると、なぜかドレスを着込んだ舞踏会の貴婦人たちのようにも見えた。
シュライアーのような衣装と、生身の身体
衣装も不思議だった。スポーツ用の短パンやジャージのような衣服の上に、それぞれ色の異なる、透ける布が重ねられている。私はそこにもオイリュトミーを連想した。
オイリュトミーで用いられる「シュライアー」と呼ばれる薄いヴェールは、身体を覆い隠すというより、身体の動きによって布を動かし、その周囲に生まれる運動まで見せる。だとすれば、スポーツウェアと透ける布という組み合わせは面白い。短パンからは脚という肉体が見える。一方、薄い布は、その肉体が生み出す動きを身体の外側へ広げていく。
ところが後半になると、ダンサーたちはその透ける衣装を脱いでいく。上半身を露わにし、舞台の少し暗い場所では短パンやジャージを下ろして、下着姿になる場面もあった。舞台手前では二人が、シャツを脱ぎかけたまま頭にかぶり、ズボンも脱ぎかけた状態で四つ足になる。その姿はどこか艶めかしかった。
それまで軌道を描く存在として見ていた身体が、突然、皮膚をもった生身の肉体として迫ってくる。この作品では、身体が抽象的な「運動」と、欲望や重力をもった「肉体」との間を行き来しているように感じた。
《四季》と蛍光灯
もうひとつ気になったのが光だった。ヴィヴァルディの《四季》という自然を題材とした音楽が流れているにもかかわらず、舞台を構成しているのは、三方の壁面に配置された蛍光灯や電光表示など、むしろ人工的なものばかりだった。森も木も花もない。あるのは人工の光と人間の身体である。
ところがラストになると、その蛍光灯を覆うように、舞台奥に和紙を思わせる半透明の幕が現れる。蛍光灯は消えるのではない。幕の向こう側に隠される。そして私たちの目に残るのは、幕越しに見えるダンサーたちのシルエットだった。それまで露わになっていた肉体も、再び輪郭だけの存在になる。
その間、英語かフランス語だろうか、言葉がずっと語られていた。残念ながら私には内容を聞き取ることができなかった。ただ、その響きからは、どこか批評的なものを感じた。
見えるものと、見えないもの
振り返ってみると、私はこの作品で「何が見えるのか」ということをずっと追っていたのかもしれない。床の線は、身体が描く軌跡を見せる。透ける布は、身体の外側へ広がる運動を見せる。衣服が脱がれれば、皮膚が見える。そして最後には、幕によって人工の光も肉体も再び見えにくくなり、影だけが残る。考えてみれば、季節そのものも私たちの目には見えない。私たちが見るのは、光や風、気温、植物の変化など、その徴(しるし)だけである。
舞台の床に描かれた軌道から始まり、最後に幕の向こうに残された身体の影まで。私にはまだ、この作品が何だったのかをうまく説明することはできない。ただ、見えないものを身体や光によって見えるものにし、またそれを隠していく。その往復のなかに、私はこの作品のおもしろさを感じていたのだと思う。
■Il Cimento dell’Armonia e dell’Inventione / 和声と創意の試み:Il Cimento dell’Armonia e dell’Inventione / 和声と創意の試み | 自主事業 | 愛知県芸術劇場

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