1.トーチカ!2025参加作品
2.2025年10月 長野県松本市 ヴィオパーク劇場 【トーチカ!2025】
3.朗読+パフォーマンス
<生物多様性>
あるところに、狂った科学者がおりました。 彼は熱心に研究に取り組み、その明晰な頭脳によって 次々と偉大な研究成果を発表することになります。 しかし、あるテーマにおいて彼はいき詰まります。 ・・・そう、優れた科学者であれば誰でもぶつかる倫理の壁にぶち当たったのです。
ある日、思い悩んだ彼はどうしようもなく道をぶらぶら歩いていると 向こうから犬がやって来ました。
犬:科学者さん、科学者さん、あなたはなぜ悩んでいるのですか?
科学者:私は「生物多様性」の研究をしているのだよ。どうしても確かめたいことがあるのだが、 どうやって対象を集めればいいのか悩んでいるのだよ。
犬:そんなのカンタンですよ、私が集めてあげましょう。
科学者:君は何がほしいんだい?
犬:(答えない)
科学者:では、頼んだよ。 科学者はそう言って、対象となる人々に向けた依頼状を犬に託しました。
犬:もちろんですとも。 科学者はさらに歩いていきました。すると、キジが飛んできました。
キジ:科学者さん、科学者さん、あなたはなぜ悩んでいるのですか?
科学者:私は「生物多様性」の研究をしているのだよ。 どうしても確かめたいことがあるのだが、 どうやって実験場所を探せばいいのか悩んでいるのだよ。
キジ:そんなのカンタンですよ、私が教えてあげましょう。
科学者:君は何がほしいんだい?
キジ:(答えない)
科学者:では、頼んだよ。 科学者はそう言って、実験場所として相応しい条件を記した仕様書をキジに託しました。
キジ:もちろんですとも。
科学者はその後、サルとも出会いましたが、サルは科学者の言うことをくり返すだけでした。 仕方なく科学者はサルには自分の真似をしておくように頼みました。 何かあった時の自分のダミーにしようと考えたからです。
それからしばらくして、犬が戻ってきました。
犬:ある企業の経営者に、あなたの依頼状をお渡ししました。 彼の従業員たちが、3日後にあなたの指定した場所に集まるでしょう。
科学者:ありがとう。
犬はどこへともなく去っていきました。
しばらくして、キジも戻ってきました。
キジ:ある山奥に、あなたの実験に適した場所を見つけました。こちらであれば、人々が集まりやすく、何が起きても知られることはないでしょう。
科学者:助かったよ。
キジはどこへともなく飛び去っていきました。
数日後、科学者の計画した実証実験が行われました。指定した場所、指定した時間に集まった人々は約1000人。大企業の優秀な人々でした。そこに科学者は殺傷能力の高い化学薬品を空から散布し 集まった人々のすべてが死亡しました。
でも、依頼をかけた人々の中で生き残った人々がいました。それは、いつも遅刻ばかりして時間を守れない人々でした。また、大切な約束をすっかり忘れてしまったり、勘違いしてしまう人々でした。 彼らは、怠惰でいい加減、信頼のおけない奴らと呼ばれる人々でもありました。
科学者は大いに満足しました。 実験結果は彼の目論見通り、人類が生き残ってきた証としての「生物多様性」を実証できたと思ったからです。
数年後、この奇妙な大量行方不明事件の首謀者として 1匹のサルが捉えられましたが、サルは尋問の言葉をくり返すばかりで 結局、真相は明らかにならなかったのでした。
おしまい。
<宣言>
人間の身体の細胞の全てに告ぐ
ミュートを解除せよ !
叫べ!
<うさぎづくし>
雨の降る午後、女は古びた雑貨店にいた。
うさぎにまつわる雑貨ばかりを取り扱うこの店は 兎年の母親の気に入りの店だった。
女は母親のプレゼントを買うために店を訪れていた。
うさぎの絵付けがされたマグカップ
うさぎの編みこまれたくすんだ色のセーター
うさぎの赤い目を模したイヤリング
うさぎの・・・
女は店の奥に古びたうさぎの人形を見つける。
そっと手に取ると、タグがぶら下がっている。
「私の命の続く限り、あなたの願いを叶えます。」
どうやらこの人形は、持ち主の願いを叶える人形のようだ。女は母親には“うさぎ柄のひざ掛け”を買い、 人形は自分用に買って帰った。
その晩、女は 『朝、目覚めた時に、お茶が入れてあったら嬉しいのに。』 とぼんやり思いながら眠りに落ちた。
朝
目ざめるとキッチンテーブルの上にはミントティーが置いてあった。 12月の真冬に、氷入りの冷たいミントティーだった。
『これじゃない・・・』
女はお茶を飲まずにシンクに流した。
『・・・いつも同じだね、母さん。』
翌日、女は交通事故に巻き込まれた。 母親の家に、一昨日買ったひざ掛けを届けにいく途中だ。 歩道に車が突っ込む事故。幸いなことに女は軽傷ですんだが ひざ掛けは車輪の下でボロボロになり、母には届けられなかった。
『・・・いつもこうだね、母さん。』
女は自分の逃げ足が速ければ、事故には巻き込まれなかったのにと悔やんだ。
なぜ、どうして、なぜ、どうして・・・
女は後悔に囚われながら自宅に戻った。
その晩、女は 『朝、目ざめた時に、私は今より脚が速くなっていたい。』 と切実に思いながら眠りに落ちた。
朝
目ざめると女は違和感を覚えた。
ベッドから起き出すと、自分の脚がうさぎのような異様な姿に変わっている。
寝室の姿見に映る醜い姿に、女は絶句する。
「コレ、何なのよ?こんなのじゃない!」
女は人形を責めた。 裏切られた、そう強く感じた。
「いつもいつも・・・こんなの、母さんと同じじゃない!」
女の怒りは頂点に昇りつめた。 人形を乱暴に取り上げると、首を引きちぎる。
・・・バタリ。
女は自分が床に倒れたことを感じたが、どんどん意識が遠のいていく。
その女の目の前に人形にぶら下がっていたタグが落ちていた。
「私の命の続く限り、あなたの願いを叶えます。」
女の呼吸が消えてゆく。
『・・・お前は、私だったの?』
今、呼吸が止まった。