北アルプス国際芸術祭での上演体験
北アルプス国際芸術祭の会場で、マームとジプシーの『equal』を鑑賞した。
長野県大町市のスキー場を会場とした昼間の上演で、俳優と観客席の距離は近く、自然光の中で俳優たちの声が空間に響いていた。劇場とは異なる響き方をする声と、背景に広がる山々の景色が重なり、舞台と現実の境界が緩やかに溶け合うような空間だった。
実はこの日、私は出発時刻を見誤り、上演時間に間に合わないかも知れないという焦燥感と、空腹(笑)を抱えながら現地に到着していた。しかしながら、何とか上演前に到着し、スキー場の建物で温かいミネストローネを食べて空腹を満たすことが出来た。麻のような質感のテーブルクロスや、小さなガラスの器に挿された花、揺れるろうそくの火をぼんやり眺めながら、ようやく落ち着きを取り戻していた。窓の外にはスキー場特有の急斜面が見えている。こうした周囲の環境や自分自身の身体の状態も含めて、その日の鑑賞体験は始まっていたのだと思う。
作品情報と鑑賞記録
作・演出:藤田貴大
上演:マームとジプシー
作品:『equal』
鑑賞:北アルプス国際芸術祭
鑑賞日:2024年10月13日
会場:北アルプス国際芸術祭(長野県大町市・爺ヶ岳スキー場)
作品情報
http://mum-gypsy.com/wp-mum/archives/works/equal2024aw
言葉が重なり、時間がほどけていく上演
会場は、作品中に登場する「キャンプ場で暮らしていたあやちゃん」のエピソードを想起させるようなロケーション。長野県大町市・爺ヶ岳スキー場という特別な場所に舞台が設けられ、センスの良いキャンプギアなどが配置されている。見ているだけでも楽しい舞台美術だ。
舞台には4人の俳優が立ち、語りは繰り返され、言葉はエコーのように重なり合っていく。
ひとつの出来事が語られると、それに呼応するように別の言葉が重なり、過去と現在がゆるやかに接続される。
しかし、この場で進行する時間は一本の物語として流れているわけではない。
むしろそれは、糸が切れて散らばった真珠のネックレスのように、時系列から解放された断片の集合として現れていた。
それぞれの時間は独立した輝きを持ちながら、どこかで連なっていた痕跡を残している。
その断片的な時間の美しさが、この作品の強度を生み出しているように感じられた。
想像が立ち上がる瞬間
作品の中には、ときにユーモラスなイメージも挿し込まれる。
犬の話題など、日常のささやかなエピソードが語られる場面では、観客の想像の中でそれぞれの姿が立ち上がってくる。俳優の語りによって、見えない存在が空間に現れてくるような瞬間だった。
しかし、その想像の余白の中に、やがて極めて生々しい言葉が差し込まれることになる。
想像が身体に落ちる瞬間
この作品は、藤田貴大が北海道伊達市でのリサーチをもとに構想したものだという。
北海道では、戦時下に多くの人々が労働のために連行され、過酷な環境の中で命を落とした歴史がある。上演では、そうした過去の出来事が俳優たちの語りによって断片的に立ち上がってくる。
ある場面で語られたのは、連行された人々が歩いた後に残されていた排泄物の話だった。
それが真っ黒であることで、それが連行された人々のものであると分かったのだという説明が続く。
この言葉を聞いた瞬間、私は突然涙が止まらなくなった。
どれだけ辛かっただろうか。
どれほど痛かっただろうか。
どれほどひもじかっただろうか。
どれほど情けないと涙しただろうか。
そんな想像が一気に身体に押し寄せてきた。
それは同情という少し距離のある感情ではなく、
自由を奪われ、苛烈な労働を強いられ、暴力と侮辱の中で命を奪われた人々と、同じ地平でつながったとしか言いようのない感覚だった。
私は肩を震わせ、嗚咽をこらえるのに必死になっていた。
野外上演という客席と舞台との距離の近さがそうさせたのだろうか。私の嗚咽は阻まれることなく演じる俳優にもダイレクトに伝播する。ある俳優は涙をこらえ、声を震わせていた。作品を通して観客の中に入り込んだ感情が、今度は演じる俳優へと返っていく・・・そんな循環がその場に生まれていたように感じた。
上演という鎮魂
帰路、渋滞した道を運転しながら、私はその日の出来事を何度も思い返していた。
知られることなく、この世界を去った人々。
真実に歩み寄ろうとする者がいないまま、苦しみの中で命を落とした人々。
もしも彼らの存在を知り、涙を手向けることができたなら、それはほんの一粒の砂ほどの救いになるのではないか。
この上演は、単なる戦争の記録ではなかった。
過去の出来事を丁寧に拾い上げ、俳優の身体と言葉、そして観客の想像力を通して現在に立ち上げる試みだった。
涙は感情のカタルシスというより、過去へ向けられた小さな鎮魂の行為のように感じられた。
■文責:Arts&Theatre→Literacy 亀田恵子

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